Little AngelPretty devil 
      〜ルイヒル年の差パラレル

     “翠の水辺で”
 


それでなくとも海から遠い盆地という立地の“都”で、
夏は暑いし冬は極寒。
そんな帝都のまたまた場末、
近郊農業にいそしむ方々の畑や、
薪を集められそな山際に間近い辺りへ、
立派なあばら家屋敷を構えておいでの神祇官補佐殿。
自宅で気取っても始まらないと、
普段着を飛び越して下着同然の帷子姿でおわすご本人は、
どちらかといえば暑いのはさほど堪えぬお人で、

「まあ、暑いのばかりは慣れるしかないからの。」

寒さのほうは、頭を使えば着物でも住処でも何とかなったが、
暑いのだけはしのぐといっても限度があったので、
負けるものかと我慢しておれば耐久性が付いたのさと紡いで、
忌々しそうに鼻でふんと息をついてから、

「…だからいちいち蹴るんじゃねっての。」

居合わせたからのついでだったか、
濡れ縁に坐していたトカゲの惣領様の胡坐をかいてた向う脛、
自分は柱に凭れたままで脚を延ばして、ごんと蹴とばした蛭魔であり

「なに、お前が暑さを何とかできる術でも咒でも教えといてくれたら、
 そんな面倒はなかったのだと思ってな。」

「う…。」

そういえば、この二人は
蛭魔が幼いころに一度出会っていたという不思議なえにしを持つ間柄。
その幼い命が付きかけていたのを見かねて助け上げ、
生きてゆくのに助けとなろう様々な術を教えてやった葉柱だったことが、
後のというか今の蛭魔の 頼もしい能力やら要領などの基盤となってもいるよなもので。
そんな中に、だが、暑さをしのぐためのスペックはなかったことを
今更ながらに指摘した術師殿。
そうだよな、雨の精だの嗅ぎ取る術は教えたのだ、
暑さへの何かしらも与えておかなんだのは足りなかったかなと
反省しかかる葉柱であり。
そんな流れに居合わせてしまった書生の瀬那くんはといえば、

 “えっとぉ…。”

しまった、お二人の大切な思い出にまつわるお話だろうに、
居合わせてはいけないのではなかろうかと遅ればせながら腰を上げかかったのだが、

「そういう手管とかあったんならよ、
 雨乞い同様、バカな貴族でもひっかけて銭に出来たんだろうによ。」

「…おいおい。」
「お師匠様…。」

しゃあしゃあと言って、からからと豪気に笑ったお館様であったりし。
ひんやり気持ちいいからと、やはり板張りの濡れ縁に同座していた子ぎつねの坊やが
蛭魔のからから笑いを真似する傍ら、
がぁっくりと肩を落とした人たちがいたりするのだが。
…しおらしいことを求めちゃいかんて、お二人さん。(苦笑)




      ◇◇


いくら我慢が利くといったって、
生身の体だ、休めるものなら休んだ方がいいに決まってもいて。
それでなくとも、殿上人なので昼は出仕に出にゃならず、
宵には他の季節以上に依頼の増える 邪妖への検分や対処にと運ばにゃならずで、
忙しいのに変わりはない神祇官補佐殿。
この夏は例年以上の酷暑でもあり、
賄いを預かるおばさまも、
食べるものでの援護は万全と頑張ってくださっているけれど、

『よく寝てよく休んでと、
 お体をいたわったり鋭気を養うのは ご自身でやっていただかねば。』

忙しすぎる身をよほど見かねたか、
わざわざそのようなお言葉を下さったものだから。

 『では、せせらぎまで運んで皆で涼もうか。』

裏山の一隅、緑の濃い木立の中を縫うように、
一条の清流が涼やかに流れる 岩場の水辺を知っているからと、
簡単な行楽弁当を仕立ててもらい、家人で足を延ばすこととなった。
今日も朝から上天気で、
そうともなれば蝉たちが元気にしゃんしゃんと鳴きわめいて始まった
暑くなりそな様相ではあったが、

「わあvv」
「これはまた…。」

日頃からも遊びにと伸しているくうちゃんも、
そんな彼を迎えに来ては分け入っている瀬那くんも、
こんな一角があったなんて知らなかったらしい水辺は
大小の岩が転がる間を駆けて、つんといい匂いのする清流がほとびており。
結構な勢いのある瀬があるかと思えば、
岩陰には それらをためて優しくよどみ、
岸に伸びる草を水のおもてへ映すほど穏やかな水たまりもありで。

「きゃあvv」
「わぁいvv」
「あ、くうちゃん、こおちゃん。」

気持ちのよさげな場所だと飛び出してゆく子ぎつね坊や二人へ

「苔の生えてる岩は滑るから気を付けないと…☆」

注意しかけたご本人、瀬那くんが真っ先にずるりとすべっていては世話はなく。
浅瀬だったのと岩だらけでもなかった場所で、ぱっしゃんと転んで濡れただけですんだのは幸い。

「〜〜〜〜〜。」
「ほれ。厚絹の上着や袴は、脱いでそこいらの木の枝へでも引っかけておれ。」

その方が早く乾くぞと、
情けない顔になっているお弟子へ、蛭魔がにやにやと笑いつつそれでも助言してやって。
そうと声を掛けた当人様は、
スズカケだろうか、按配よく緑の葉が茂った梢を日傘のように頭上に配した
涼しい木陰へ腰を下ろしていて、

「そうそう。」

何を思い出したか、弁当や水筒代わりの塗りの樽などとともに運んできた包みをまさぐると
そこから遠眼鏡のような竹の筒を取り出して。

「随分と前に、武蔵から貰っておったのだがな。」
「??」

やはり宮中の工部に務める家系の跡取り、
蛭魔とは役続きだけではなくの縁があってか、
屋敷の世話など見てくれている職人肌のお兄さんのことというのは瀬那にも通じたが、

「何ですか、それ。」
「うむ。こうして水を吸い上げて、」

少年には覚えのない竹の道具、
それを手に水辺まで足を運んだ蛭魔が、
筒の先を水へとつけて、ぐいと手元の棒を引く。
ゆっくり引くと中に水が吸い上げられるらしく、
そのまま筒ごと引き上げて、

「こうして遊ぶ道具だとよ。」
「わっ!」

筒先を向けたそのまま、押し棒を押し込めば、筒の先から水が勢いよく飛び出した。
いわゆる“水鉄砲”というもの、
坊やたちにやれと預けていった、細工にも長けた彼だったのだろうに、
まずは自分が試すところは相変わらずの人の悪さで、

「もう〜〜。」
「ははは、判った判った。怒るなよ。」

あとは自分で遊べとばかり、
水を使い切ってしまったブツ、
内着までびしょ濡れにしてしまった瀬那へと渡して、
自分は再び木陰へ戻りかけたのだが、

「わ、おしゃかな。」
「くうたん、おしゃかな。」

一見そっくりな子ぎつね坊やたち二人して、
岩場の一角、水たまりに何かを追いかけて飛び込ませ、
一丁前にも捕まえたらしく。
わぁいわぁいと駆けまわり、足元の水を蹴立ててはしゃいだついで、

「おやかまさま、せぇなvv」
「おととさま、ほら、おしゃかなvv」

瀬那や蛭魔、葉柱という大人たちの方を
えっへんというお顔になって見やるのが何とも判りやすい。

「褒めてほしいのですね。」
「獲物にもよるがな。」
「またそういう可愛げのねぇことを。」

荷物のほとんどを運ばされ、どっこらしょと寝そべっていた葉柱でさえ
身を起こしたほどの可愛らしさなのだから、
素直に惹かれてやれやと呆れた男臭いのを引き連れて。
呼ばれるままに3人が傍らまで向かえば、

「わあ、大きな鯉ですよ。」
「ほほお。」

スイカ辺りを冷やせそうな大きさの水溜り、
そこへと追い込まれたはなかなかの大物な鯉が一匹。
墨色の鱗も渋くて見事な色合いの、
好事家が喜びそうな風体をした大きな真鯉。

「これは刺身に捌けば美味かろう。」

可愛げのないことを口にしていた蛭魔でさえ、
そんな言いようで口元をほころばせて見せたものの、

「あー、そこなご一同、ちょぉっと待ってくれねぇか。」

まだ青い楓の梢が落す陰も青々しい、
それは涼しくも清かなみなもへ、
唐突に意外な声が割り込んできて、

「そんな癖のありそな鯉よりも、脂ののったヤマメはどうだね。」
「あぎょん、あしょぼvv」×2
「よお、あぎょん。」
「あぎょ、阿含さんこんにちは。」
「何だなんだ蛇野郎、尾けてきやがったのか?あぁん?」

さて問題です、どれが誰の反応でしょうか…じゃあなくて。(笑)
呼んだ覚えはないとはいえ、ここは彼も縄張りと主張している裏山だし、
人ならぬ存在、どんな現れ方をしても不思議はないと、

 “他の面々はともかく、書生の坊主までそうと判断してるってのはどうよ。”

どんだけ親しまれているかですよね。(笑)
長い黒髪を縄のように結った、
不思議ないでたちをした作務衣の青年。
実はこの山に巣食う蛇神様で。

「何だ、この鯉は貴様に何か由縁でもある尊なのか?」
「…判ってるんなら訊くな、白々しい。」

尊というのは、例えば如来や天部などという存在への呼称であり、

「なに、輪廻の途中で、
 しかもお前の連なる神族の誰か様とかいう尊かと思うてな。」

「俺は仏門の系統じゃねぇわ。」

魂が輪廻するという発想は
なにも仏教でばかりのそれではないが、
それならそれで、人ではない阿含自身の縁続きではなかろうに。
それでも庇うからには…と蛭魔が推察したのが遠からじだったようではあるが、

「…まあ、鯉が一匹より、ヤマメが十七、八匹の方が食いではあるがな。」
「そんなに欲張るか。」

精霊たちも集うよな、此処は清かなせせらぎのほとり。
ちょっとばかり勘定高い言いようも聞こえたような気がしたが、
気のせい気のせいと打ち消すように、
ちゅちゅいひよひよ、歌うようにさえずる小鳥の声がして、
翠の梢がさわさわ揺れた、暑さも一休みの森の中だったのでありました。



     〜Fine〜  15.08.08


 *立秋ですよ、立秋。
  今日から“残暑”ですよ、ご挨拶は。
  まあ、その辺は毎年のように“まだ暑いのにねぇ”ではありましたが、
  今年のはまた格別ですよね。
  この調子だと、秋の行事でも熱中症で倒れる人が続出しないか、
  今から心配になっても来ます。

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